僕と君の関係     アルアイ 「それじゃあ、行こうか」  僕は君をそう誘う。それはいつものこと。僕と君の日常であり関係を表す言葉。駆け寄る君はどこか楽しげ。  いつものように僕と君は出かける。見上げれば青が一面に広がり白い模様はどこにもない。  肌で感じる風もどこか優しげ。そのせいか君ははしゃいで僕を追い越して行く。 「ちょっと、待ってよ」  急いで僕は君へと走る。追いつき横に並んでも、君は僕よりも周囲に興味があるみたい。僕そっちのけで楽しんでいる。  一人ではしゃぐ君に僕は聞いてみる。 「何かあるの?」  君は答えない。 「君は何を見ているの?」  まだ君は答えない。 「……教えてくれてもいいんじゃないの?」  愚痴を言っても、それでも君は答えてはくれない。  どうして君はいつも教えてくれないのだろう。君は一体何を見ているのだろう。そして君は何を感じ、何を思っているのだろう。  そんな僕の気も知らないまま君はどんどん僕から離れて行く。けれどまるで忘れていたかのように君は立ち止まり、振り返ってこちらを待っている。  苦笑をしながらも僕は走って君のもとへ。再び横に並んでから 「今度は置いて行かないでよ」  言うけれど君は聞いていないらしい。新たな興味の対象へとまっしぐらな君。 「お願いだから、少し待ってよ」  軽快に響く二つの足音。君を追う僕。君は楽しそうに逃げて行く。君の走る後姿を見ながら思う。  どうして僕の気持ちを君は聞いてくれないのだろう。僕が嫌いなのだろうか。  そう思うと走る足は重くなり、気付けば足は止まっている。息も上がっている。下げた目の見つめる先には太陽が作り出す真っ黒な僕の影があるだけ。 「……君は、どう思ってるの?」  呟き、上げた視線の先には君の姿はすでに無い。  影を見つめる。君を見失ってからずいぶんと時間が経っているらしい。真っ黒な影の形もさっきよりも横長に太っている。  どこに行ってしまったんだろう。  考えれば考えるほど足が重くなる。どうしてもそれに結びついてしまう。探しても見つからない。見つからないと考えてしまう、君の事を。  悪い思考の連鎖。わかっていても止めることは出来ない。だって、君が居ないから。  でも、最後の希望として僕はここで待っている。君と初めて出会ったこの場所で。君の大好きなこの場所で。  顔を上げ、周囲を少し見てはまた横に太った黒い僕の影とにらめっこ。その繰り返しも何回目だろうか。 「……どこに居るの?」  行き交う人々の喧噪にかき消される程度の声。けれどそれは、僕の願いであり想い。君に会いたいという気持ち。 「会いたいんだよ」  想いは言葉となり、言葉は優しい風となって君に届く。人々の間に君が居て、僕の方に駆け寄って来る。  駆け寄る君を僕は抱き締める。強く強く、もう離さないとばかりに。そして、さっきまでの不安も足の重さも、それら全てを君が居てくれるだけで満たしてくれる。 「ごめん、君を孤独にして」  満たされているのは僕の方だろうと足元の影が言ってくるけど、どうしても君に謝りたいから。 「でも、僕の話もちゃんと聞いてよね」  僕の想いが君に伝わったんだから。 「戻って来てくれて、ありがとう」  心から出た感謝の言葉。君という存在の大きさを実感したからこそ言える。だから 「一緒に帰ろうか」  頷く君と一緒に帰る。僕達の家へ向って。  太った影はスリムになり、見上げた先には赤と白の綺麗なコントラスト。横には君が居る。  帰りは君も僕のペースに合わせてくれている。並んで歩く。ただそれだけで何だか嬉しい気分になる僕が居る。  周囲の朱が反射して、君の横顔も少し朱に染まっている。それを見ながら僕は思う。  君と出会ってからは刺激的な日々の連続。今日みたいにはぐれてしまうこともしばしば。けれど、今日だけはいつもと違う。君の存在の大きさを知ったから。僕の心の支えが君だとわかったから。  だから 「…………」  溢れ出そうな想いを必死に抑える。言う決心がつかない。でも、この想いは真実だ。君に言いたい。  抑えている僕の様子がおかしかったのか、いつの間にか君が僕を見ている。その透き通るような目で。 「な、何でもないよ」  君に見つめられるとつかない決心もさらにつかない。どうすればいいんだろう、このもやもやした気持ちを。  考える。思考を巡らす。タイミングを窺う。チャンスを探す。  そうしているうちに朱は真っ黒なインクで塗り替えられて、点々と塗り残しの隙間が輝いてる。  食事中も君は楽しそうにするけれど、僕は素直に一緒に楽しめない。  君と食事を済ませても未だに決心がついていない。  心ばかりが先行する。チャンスを生かそうとしても今一歩踏み出せない。更に焦る。そんな感じのスパイラル。そこから抜け出せない僕。  家の中でも興味を引くものを見つけたみたいで、溜め息を吐く僕の前でも君は楽しそうにしている。見ているだけで不思議と笑みが零れる。  はしゃぐ君。それを見つめる僕。  そうだ、それがいつもの日常なんだ。そう気付くと、焦りは吹き飛ぶ。  君を見て僕が笑い、僕が笑って君はさらに楽しそうにする。そういう関係が僕達。今日の出来事で僕の君への想いは大きくより確実なものになったけど、その関係は変わらない。  いや、むしろ変えちゃいけない。今までがそうだったように、これからもそうであるべきなんだと思う。 「でも」  それでも、はしゃぐ君を見ている僕は、はしゃぐ君にどんどん惹かれている。想いは自然と言葉へと変換される。 「君の事が知りたいんだ」  すんなりと出た言葉に、紡いだ僕が一番驚いている。君は振り返って僕を見ている。  なんだ、想いを伝えることはこんなにも簡単なことだったんだ。もしかしたら僕は『いつも』を演じていたのかもしれない。君が居る『いつも』を壊したくなかったから。  けれど、僕はもっともっと君の事を知りたいんだ。  だから 「君の事をもっと知りたいんだ」  もう一度、もっと想いを乗せてはっきりと君に伝える。風の力も必要としない、僕自身の言葉を。  考えていたほど緊張もしていない。焦りや不安もない。あるのはただ、君への想いだけ。  僕の視線の先の君は頷いてから口を開く。その君の言葉を僕は一生忘れないだろう。  その君の返事は 「ミャ〜」  今日初めての君の鳴き声を僕は心に刻み込む。