猫と勇者と女神さま    しん  みなさんこんにちわ、ご覧の通り猫です。名前は……飼い猫では無いのでありません。名前なんて飾りです。でも、名前が無いと話がしづらいですかね? ……そうですね、じゃあ、この話のなかでは、僕の名前を「ねこ助」ということにしましょう。え?センス無い? いいじゃないですか別に。  まずは、「ねこ助」こと僕の自己紹介をします。好きなものは生魚(どっちかっていうと海水魚のほうが)、嫌いなものはありません。好き嫌いいって生き残れるほど、この世界は甘くないですよ。生まれも育ちもこの町です。 職業は、勇者です。 はじまりのおはなし  それはいつもと変らない、ある日のことでした。  僕はいつものように、昼飯を探して歩きまわっていました。僕のいつもの昼飯は、主に人間の食べ残し。でも、その日はなんだか無性にアグレッシブな昼飯にしたくて、魚卸売りセンターに行ったんです。はやる気持ちを抑えて、でも競歩スピードで卸売りセンターに着いてみると、なんというグッドタイミング! 冷凍本マグロが艶やかな(まるで死んだ魚のような)目でこっちを見つめているではありませんか。あんな目で見つめられて、冷凍本マグロへのこの気持ちを抑えられるだろうか、いや、抑えられない。 「いっただきまーす!」  そのときの僕は、よほど興奮していたのでしょう、横から三輪車が超高速で迫っていたことにまったく気がつきませんでした。  いとしの冷凍マグロちゃんまであと約20pとせまったそのとき。横から強烈な、そう、喩えていうなら「ごるでぃお●は●まー」を水月にピンポイントで叩き込まれたかのようなインパクトが僕を襲いました。そして、結局あの冷凍マグロとは永遠にめぐり合うことなく、僕の意識は闇へと沈んでいったのです。  ―――――――――――――――――― 「ねこ助、ねこ助。」僕を呼ぶ声が聞こえる。 「……あなたは誰ですか?」 「私は、女神です。」  女神さん……? そんな知り合いはいな……あぁ、女神ってあの女神さまか。つまり僕は死んだと。 「おまえは確かに一度死んだ。しかし、勇者として生まれ変わったのです」 「僕、猫なんですけど……」 「かまわないんじゃない? 私はただ『勇者1人つくっといて』って、上司に言われただけだし」 「猫は一人じゃなくて一匹って言いませんか?」 「……」 「……」  気まずい沈黙。 「あー、もう。せっかく蘇らせてあげたんだから文句言わない!」  逆切れですよ。 「で、勇者になった人……じゃなくて猫には特典が附くんだけど、このリストから選んでね」  自称女神さまから、たぶんA4の紙がわたされた。えーと、 ・何回死んでも所持金半分になってよみがえる ・手に三角形の痣 ・伝説の剣 ・ゴッドヴォイス ・勇気ある誓い ……etc  この際、僕が生前文字なんて読めなかったことはスルーしておこう。 「3秒前。3・2」 「え?」 「1」 そんないきなり。 「はい終了。さぁ、どれ?」 「どれもいらなそうなんですけど」 「じゃぁ、私が決める。はい、決定」 「どうせ僕に拒否権なんて無いんでしょう……」 「そうそう、よく解ってるじゃない。じゃぁ、この契約書に拇印……猫の場合も拇印で いいのかな?」 「僕に聞かないでください」  猫にモノを尋ねる女神さまってどうなんだろう。というか、勇者って契約書がいるん だ。 「まぁ、指に朱付けて押せや」  差し出された朱肉に恐る恐る指をのせる。その指を紙におしつけると、綺麗な肉球の 模様が”印”の文字の上に残った。 「コレでいいですか?」 「はいOK。契約完了です。ちなみに契約を破ったら、もれなく死よりも辛い拷問をプレ ゼントだから気をつけてね。でわまたそのうち」  と、軽く恐ろしいことを言い残して、自称女神様はどこかへと飛んでいきました。 「で、実際僕は何をすればいいんだろう?」  結局何がなんだかわからないまま一人取り残されてしまいました。勇者って、特に目 的もなく普通に過ごしていていいんだろうか? ……とか悩むような繊細な猫では無いわ けで 「まぁ、どうでもいいか」  ということになりますよね、やっぱり。  そんなこんなで、たぶん世界で最初の、ついでにおそらく最後の、勇者猫のよくわからない日常が始まってしまったのです。 つづくといいな