今週のおすすめ漫画。                  帽子男Q號  受験が終わるまで漫画ばかり読んでいた。コントローラーを握るには良心の呵責が邪魔っけで、かといって小説は時間を食いすぎる。勉強などそもそも選択肢に入っていない。開いたノートは落書きで埋まった。よく大学に入れたものだと不思議に思う。 漫画といっても何遍も読んで手垢がついたものをまた読み直す。勉強机に座ったまま手に取れる場所にある漫画を中途半端なところから読み始めて中途半端なところで止める。後で続きを読もうと本棚にしまわないでその辺にほっぽっておく。寝るなり風呂に入るなり飯を食うなりして机の周りに戻ってきたときにはそんなことすっかり忘れているものだから、再び中途半端なところから読み始めている。一冊の漫画を何日も読み回すわけ。 ある漫画でこれが一ヶ月続いた。最長記録だった。 そのタイトルは「東京命日」。島田虎之介(以下シマトラ。連載を持っているアックス編集部公認のあだ名らしい)のデビュー第二作目である。 僕はこの本を調布のブックオフで見つけた。しかもサイン入りである。渋谷の大きな書店のレシートが挟まってあった。そこに記されていた日時とサインと一緒に書かれた日付も一致する。思い入れのある本だけど仕方なく売ってしまった状況か、もしかしたら持ち主の意志とは関係なく売られてしまった本なのかもしれない。そう思うと手にとらずに入られなかった。 まぁ、デビュー作を読んでたから背表紙を見て迷わず手に取ったんだけれども。サインを見つけたときは叫んだね、思わず。 かなり変則的なオムニバス形式で構成された漫画である。一つの連載単位、第〜話という単位の中に数個のエピソードの断片が描かれているのだ。これらの断片は第一話から最終話までそれぞれの時間軸にそって進行している。幾つもの映画を同時進行で眺めているような具合である。しかし各エピソードの絶対的時間軸、この物語は何月何日に始まって何月何日が漫画の上に描かれて何月何日に終わるのか、これが微妙にずらされている。おまけに他のエピソードで既に漫画の上に出力されたシーンが絡み合ってくるのである。細切れにされた「パルプフィクション」といえばある程度想像がつくだろうか。 おかげでデジャヴに襲われる。何かが起こったかはわかるのだがそれがいつ起きたのかがわからない。物語に翻弄される感覚がある。 何遍も読み直した理由はこれだろうな。ただ単純に面白いからという訳ではないのだ。 この漫画のテーマはタイトルどおり死である。僕はそう思っている。各エピソードでは共通して死が物語のトリガーとして描かれている。中心として、ではない。 「泣ける」作品というのがある。主人公に感情移入させといてそれに近しい登場人物を容赦なくブチ殺すのである。いや、一部の作品の一部の描写を拡大しているんですけどね。それでもこの手で泣かせようとしている作品は結構あると思う。今はもうブームとしては最盛期を過ぎつつあるけれども、ちょっと前までその類いのものは大量に転がっていた。どうやら死というものは悲しいらしい。 この漫画での死はまったくなんとも悲しくないのである。登場してから死ぬまでのページ数が少ない人物、自身の死によって物語に登場してくる人物がほとんどだからあたりまえである。だが、描かれているページ数が多く、重要な位置で動いていた人物が死ぬときでも、死んだ事実は曖昧にぼかされたままで、むしろいなくなったという表現に近い。ドライ、というよりは現実的、といった印象を受ける。 あとがきで作者はこう語っている。「麦秋」の間宮家の次男と「東京物語」の原節子の夫。二人はともに戦死していて姿を現すことはないのだけど、いないことによってかえって家族に強く影響をあたえている、と。 「麦秋」も「東京物語」もともに小津安二郎の映画である。(この漫画は彼の命日から始まる)ひとコマひとコマのカットが映画らしいな、という感じはしたがこのカット割りは小津を意識したものだそうだ。シマトラの描く独特のベタの強いデフォルメされた画風が見事に似合っている。僕は残念ながらこれらの映画を見ていない。見てから読めばまた何か違った発見があるかもしれない。 例えばあなたが明日死ぬとして、ドラマティックなのは死ぬまでのあなただろうか、それとも残された人々なのだろうか。もしかしたらあなたの知らない、全く関係ないと思っていた人のドラマがあなたの死によって始まるかもしれない。それはまるである種の輪廻転生であるかのように。 初見でのインパクトの高さはデビュー作の「ラスト.ワルツ―Secret story tour」のほうが高いかも。こちらも様々な偽′サ代史(まるでディックのSFやレム、ボルヘスなどの偽書評のようだった。シマトラはほら吹きの天才だとも思う)を背負わされた人々を描いた物語で緩やかにつながりを持つオムニバス形式で描かれている。特にラストシーン、全エピソードの登場人物たちがある場所で集結する、そこから最期のページに至るまでのモノローグは圧巻である。 両方ともAMAZONにおいてあるかんね。